似非のびたの辞表提出前夜

そいつは辞表を書いていた。

なぜ辞表を書いていたかというと、
よい人たちが働く、
すさんだ土地の、
きみょうな会社に
勤めていたからで、

きみょうな土地にあるものだから、通勤に片道2時間弱かかり、
すさんだ会社だから、だれもかれもが会話をせず、

あるものが勇敢にも就業時間中に、
「グミがおいしんだなぁ、グミが」
としゃべると、
1週間後には座席が他所へ移動させられているありさまであった。

皆がパソコンに正対したまま、
一日中業務を続けるというAI時代を先取りしたような会社であって、
業務上の会話はSlackでのみ行う性格のよい人々が集まっていたが、

そいつはなんだかなじめずに
「おはようございます」

「お先失礼します」
以外コトバを発さぬまま過ごす日々が続いていた。

コミュニケーションが苦手と自認しているそいつが、
コミュニケーションを欲するほどの不可思議さで、

「ワン」といわれたら「ニャア」というぞ。
「ワン」といわれたら「ニャア」というぞ。
「ニャア」といわれたらどうすればいいのだ、

などと頭に隙間ができるたびに思案していた。

もうこのごろはよくわからなくなっていて、
コンビニで買ったばかりの梅のおにぎりを赤信号で叩きつけたくなるような衝動をかかえ、

日本人の平均身長程度にも関わらず、
体重は46kgで、
半径10mにわたるような悪臭をはなち、
胃腸がわるいがために、とめどなく屁をこくものだから、
たったひとりでこの世の大気汚染の1%をうみだしている心持ちでいた。

てなことで辞職の理由に
環境問題
と書き、

退職希望日を一ヶ月先としたそいつは、
締めのコトバがなくてはならぬのではないかと思いたち、
意識するよりも早くペンを動かした。

ハーマイオニー
ニーハイオネエ

そいつはケタケタ言って、屁をこいて眠りについた。

空気清浄機が呼吸を止めた。

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